• 昭和レトロタイル

昭和レトロタイル最終章 エピソード0|ただ終わるのではなく、残したいから

今日は、いつもの記事とは少しちがう話を書きます。
これから始める連載の前に、どうしても先に書いておきたいことがあるからです。

昭和レトロタイル。
この名前を、ここ数年でたくさんの方に知っていただけるようになりました。

懐かしい、と足を止めてくださる方。
こんな可愛いタイルが昔あったんですね、と目を輝かせてくださる方。
ワークショップで夢中になって並べてくださる方。
作品を持ち帰って、暮らしの中で楽しんでくださる方。

気がつけば、このタイルはただの商品ではなく、たくさんの人の気持ちや記憶に触れる、特別な存在になっていました。

けれど昨日、約2年にわたり当社の昭和レトロタイル在庫の多くを支えてくださっていた骨董屋さんから、「在庫が0になりました」と告げられました。

いよいよ来るべき時が来たのだな、と思いました。

デッドストックとして残っていた昭和レトロタイル。
もうこれまでのように、まとまった量を手にすることは難しいと思います。
生産者さんの手元にも、流通にも、産地にも、ほとんど残っていないはずです。

もちろん、「まだどこかに残っているかもしれない」その可能性が完全にゼロだとは言い切れません。

でもこの2年間、世界中でいちばんこの昭和レトロタイルを探し回ってきたのは、おそらく僕なんです。
あらゆる人脈とご縁を頼りに、産地も、業界関係者も、OBの方々も、地域も、ネットも、できることはずいぶんやってきました。

それでも見つからない。
その現実を前にすると、やはり昭和レトロタイルは、もうこれまでのようには出会えない存在になったのだと思います。

しかも、このタイルは国内向けに広く使われたものではなく、輸出を目的に製造され、日本ではほとんど使われないまま海外で消費されていったタイルだった。
そう考えると、今になって国内でまとまって見つからないことにも、どこか納得がいきます。

だからこそ僕は、ただ黙ってこれまで通りに売り続けるのではなく、この事実ごと、僕のお客様に向かって、きちんとお伝えしたいと思いました。

もちろん、寂しいです。
正直、かなり寂しいです。
社内も困惑しておりました。

でもね僕は、ただ「なくなります」とお伝えして終わっていくのは、どうしても違う気がしています。

なぜならこのタイルは、ただのデッドストックタイルではなかったからです。

振り返れば、昭和レトロタイルは、僕にとっては”よく売れた商品”というだけの存在ではありません。

自分が一番苦しい時に出会って随分と、このタイルに助けられました。

仕事として助けられた、ということももちろんあります。
でもそれだけではなく、気持ちの上でも、このタイルに救われたところがあったように思います。

お客様が全くみえない時期でも、このタイルを洗っていると、少し前を向ける気がした。
お客様が楽しそうに選んでくださる姿を見るたびに、僕のほうが力をいただいていたのだと思います。

お客様が夢中で手を動かしてくださる時間。
完成した作品を嬉しそうに持ち帰ってくださる表情。
そのひとつひとつに、僕が励まされていました。

だから僕にとって昭和レトロタイルは、商品以上の存在です。
大げさに聞こえるかもしれませんが、あの頃の自分にとっては、救世主のような存在でもありました。

そして、このタイルをきっかけに、たくさんの出会いがありました。
たくさんの作品が生まれました。
笑顔がありました。
迷いながら色を選ぶ時間がありました。
完成したときの嬉しそうな顔がありました。

そして何より、昭和レトロタイルを使って生まれた作品は、いまもそれぞれの暮らしの中にあります。

その数は、1000点を超えています。

棚の上に。
玄関に。
キッチンに。
リビングの真ん中に。

その作品をふと目にしたとき、つくった日のことや、その場の空気や、手を動かした感覚まで、身体ごと思い出してくださる方もきっといるはずです。

私は、それこそがタイルの力だと思っています。

モノでありながら、記憶を宿し、暮らしの中で何度でも、その時間を呼び起こしてくれること。

だからこそ、昭和レトロタイルの終わりは、ただ静かに在庫が尽きて終わるだけではもったいない。

ちゃんと見届けたい。
ちゃんと残したい。
そう思いました。

その思いから、最終章のためのロゴも作りました。

ただ終わるのではなく、このタイルが確かにあったことを残したくて、最終章のためのロゴも作りました。

最終章と聞くと、終わりを思い浮かべる方もいらっしゃるかもしれません。

でも、私にとってこれは、ただ閉じるための言葉ではありません。

この2年間、探して、出会って、届けて、たくさんの作品が生まれました。
その時間に、ひとつの区切りをつける。
これは、私にとっての最終章です。

そして同時に、昭和レトロタイルにとっては、物としての役割を超えて、記憶や物語として生き続けていく、新しいはじまりなのかもしれません。

だからこの連載は、終わりを告げるためのものではなく、昭和レトロタイルが確かにあったことを記録し、次へ手渡していくためのものです。

これからしばらく、このブログでは「昭和レトロタイル最終章」として、少しずつ文章を綴っていこうと思います。

どうやって出会ったのか。
なぜこんなにも人の心をつかんだのか。
忘れられない柄のこと。
ワークショップで生まれた作品のこと。
終わりが見えてきた日のこと。
そして、最後まで見届けたいという気持ちのこと。

ひとつひとつ、言葉にして残していきます。

これは、在庫のお知らせではありません。
愛されたタイルの記録です。

そしてできることなら、
私たちだけの記録ではなく、
このタイルに出会ってくださった皆さんとも一緒に残していけたらと思っています。

もし、昭和レトロタイルを手に取ってくださったことがある方。
ワークショップに参加してくださった方。
投稿を見て、ずっと気になっていた方。
そんな方がいらっしゃいましたら、
どうかこの最終章を、一緒に見届けていただけたら嬉しいです。

次回から、いよいよ本編です。

次回は、そもそも私たちが昭和レトロタイルとどう出会ったのか?
そのはじまりから書いてみようと思います。

Share
Tweet
ページトップへ